新製品で市場拡大

新しいクロスで大型出版市場へ
 日本経済が高度成長期にさしかかると、出版界にも大型出版の時代がやってきた。まずは1961年(昭和36)からの百科事典ブームである。1962年(昭和37)は百科事典のような大型出版が脚光をあびる一方で、ペーパーバックスブームが再びやってくるという奇妙な現象が現れた。光文社の「カッパブックス」の好調な売れ行きに刺激されて、この年、大手・中小の出版社がベストセラーを狙って参入してきた。「河出ペーパーバックス」「ポケット文春」「グリーンベルトシリーズ」「中公新書」「ハヤカワライブラリー」などである。クロスの需要も増大して、クロスメーカーにとっては増産につぐ増産の良き時代であった。
 平凡社の『国民百科事典』(全7巻)は、セットで1万円という手ごろな価格で、たちまちベストセラーになった。7月の完結時には50万部に達し、百科事典を大衆化した。小学館も同年8月に『日本百科大事典』(全23巻)を刊行、予約部数は50万部を超えた。2つの百科事典がともにベストセラーになるというのは異例のケースだった。
 1963年(昭和38)からは、全集ブームが始まる。中央公論社は『世界の歴史』(全16巻)、『世界の旅』(全10巻)のほか、『世界の文学』(全54巻)、『日本の文学』(全80巻)を発刊。さらに1965年(昭和40)には中央公論社の『日本の歴史』(全26巻)の刊行が始まり、歴史書ブームがやってくる。他社も同じような全集企画をスタートさせ、マスプロ・マスセールの時代となり、はげしい販売競争を展開したが、いずれも売れ行きは好調であった。
 この大型出版ブームによってクロスの販売量は飛躍的に増大、日本クロスの布クロスは、ベストセラーとなった主な事典・全集に相次いで採用された。それらは次のとおりである。

平 凡 社 『国民百科事典』(1961・62年) - アートベラム(マイティカーフAE19)
小 学 館 『日本百科大事典』(1963年) - ハイピールB・SP銀
『世界原色百科事典』(1965年) - ハイピールB、特上P
学習研究社 『現代百科事典』(1965年) - ダイヤスカーフ
中央公論社 『世界の文学』(1963年) - バグラム
『日本の文学』(1964年) - バグラムS5
『日本の歴史』(1965年) - バグラムS231
講 談 社 『少年少女世界文学全集』(1958年) - パナマクロス
『山田風太郎忍法全集』(1964年) - SPHM1003
河出書房新社 『豪華版世界文学全集』(1962年) - アートカンブリック92

 活発な布クロスの需要は、おのずと品質の改良と新製品の開発を促した。とくにこの時期は、百科事典や全集用途を意識した新しいブッククロスを数多く開発している。
 合成樹脂がわが国に登場してからクロスの塗料も改良され、エマルジョンタイプの塗料が登場した。従来の水性塗料(澱粉)に加えてエマルジョン(酢酸ビニール系)塗料が使用されるようになってから、
クロスの表面被膜は大きく強度アップされてゆくのである。
 1965年(昭和40)、京都工場で開発した「マイティカーフ」は、これをさらに発展させた画期的なクロスであった。塗料はアクリルエマルジョンとカゼインで構成され、水性塗料によらない新しいクロスであった。表面被膜の強度にすぐれ、湿度変化にも対応できるという特性をもち、さらに耐水性もそなえていた。マイティカーフは小学館の『日本百科大事典』、平凡社の『国民百科事典』に使用された。
 1968年(昭和43)に登場した「ニューマットC」も、京都工場で開発した新しい布クロスだった。従来のクロスとちがって、表面に布目が表れず、適当に毛羽立ち、ソフトな風合いをもっていた。とくに加工特性の設計に留意し、製本しやすい強度、箔付性、イチョウ入れ適性などに特徴があった。学習研究社の『標準学習百科大事典』には、このニューマットCが使用されている。


「ファッション」「産業資材」市場へ

 日本クロス製品群を見渡して、この期の特徴をあげれば、ビニール製品の多様化が進んだことである。
一連の塩化ビニール製品の開発によって、産業資材やファッション市場の開拓が始まっている。 日本クロスはもともと産業資材用途のターポリン(膜構造素材)の先発メーカであった。昭和20年代から30年代にかけては、国鉄の貨車シートを独占するなどの実績をもっている。
 ターポリンは食品・飼料・化学薬品などの輸送コンテナー、土木用・水産用・野積み用のシート類、さらには養魚槽、トラック用幌、電車の連結幌、各種テント類(軒出しテント、レジャーテント)などに使用された。このような多目的素材としての新しいターポリンの開発に成功したのは、1967年(昭和42)だった。きっかけとなったのは、コンテナー需要の増大であった。1965年(昭和40)ごろからの経済規模の拡大、労働力不足によって物流の合理化が叫ばれるようになった。輸送コスト、包装コストの削減、配送のスピードアップなど一連の合理化のために、大量輸送用袋としてのフレキシブルコンテナー(フレコンと略称)が注目されるようになった。フレコンとは繊維ベースに塩化ビニールを両面コーティングしたターポリンを素材にしたもので、輸送用に反復使用される袋状のものである。
 日本クロスのフレコン用ターポリンは、京都工場製造2課で開発し、1969年(昭和44)には月生産量は約9,000袋分に達して、業界のシェアの約65五%を占めるまでになった。
 フレコンに始まるターポリンの製品群は、産業資材という新しい市場を拡大、物流関連はもとより工業、水産業、土木関係などへと、次第に分野をひろげていった。
 ビニール製品では、このほかに〈塩ビレザー〉と呼ばれたファッション素材がある。衣料素材として最初に登場したビニールレザーは「エレガント」(1956年)だった。ファッション感覚の新素材としてデザイナーや衣料業界から注目された。ビニールレザーブームの到来に合わせて、1959年(昭和34)には「ミューロンエレガント」を開発した。ニットベースのビニールレザーで本格的なファッション素材を狙った製品であった。東京オリンピックをひかえて、スポーツブームがもりあがるなかで、カーコートやスポーツカジュアル、コートに使用されて流行商品となった。1960年(昭和35)にはやはりカジュアル用途の新素材として、合成皮革タイプの「ハイピール」を発売した。
 1966年(昭和41)には、メリヤスをベースに塩化ビニールをコーティングしたファッション素材(商標名 ポリーヌ)が新製品として登場している。当時、ビニールレザーによるエナメルコートがヨーロッパで大流行し、ファッション界ではエナメル調塩ビレザーがブームとなっていた。ポリーヌはエナメル調のコート素材として、たちまち流行商品となった。高級化志向の新しいファッション素材として、〈塩ビ=安物〉というイメージを一新した画期的な新製品であった。同製品は流行商品として一時期を画し、衣料産業進出の先駆的な役割を果たした。

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