油布部門へ進出

ドイツから技術導入
 油布はいわばビニールの先駆をなす製品である。1935年(昭和10)ごろからレインコートなどの素材として登場してくるのだが、当初はすべてアメリカからの輸入品だった。舶来の流行商品として、たちまち国内市場を席巻するのだが、もとをたどれば、わが国の特産品・羽二重の逆輸入であった。
 当時、羽二重は大量にアメリカへ輸出されていたが、そのうちの相当量が乾性油をコーティングされ、防水性をもつオイルクロス、オイルシルクとして日本市場にもどってきていたのである。
 日本クロスでは1936年(昭和11)から国産化の研究を開始、同年の8月、専務の坂部三次自らドイツのドレスデンにあるケービッヒ社におもむいて設備機械を購入している。1937年(昭和12)5月には、村中晃がベルリンに出張して油布生産の技術研修を受け、国産化への第一歩を踏み出したのだった。
 日本クロスの油布製品の技術開発は1937年(昭和12)末に完成、油布工場も翌1938年(昭和13)初めに天神川工場内に建設されている。
 工場には間口6メートル、長さ60メートルという大乾燥室を2基設置、昼間はコーティングして夜間に乾燥させたという。稼動開始当時の収容能力は4000m/日、1日に3回のコーティングを想定すると、約1,400m/日という能力であった。生産が軌道に乗るにつれて乾燥室を増設、1940年(昭和15)には6室となり、500坪の建物スペースはすべて油布関係の設備で埋めつくされた。
 日本クロスにとって油布生産は、クロスメーカーとして固有技術の幅をひろげるという副次効果をもたらした。創業時からのブッククロスは水性塗料のみによるコーティングだったが、油布の生産にともなって油性塗料、硝化綿塗料を導入、そのコーティング技術も確立したのである。


オイルクロス、オイルシルク

 オイルクロスは布地に乾燥油を中心にした塗料をコーティングしたものであった。乾燥油の代表的なものといえば桐油だが、日本では昔から紙に塗って唐傘や油紙にしていた。時間の経過で乾燥する桐油の特性を利用したのがペンキである。
 オイルクロスはペンキ状の良質塗料を布地にコーティングして完成する。目の粗い基布に塗料を塗るのだが、生産技術のポイントは、いかにして油の浸透を防ぎ裏もれしないようにコーティングするかにあった。油が基布に浸透すると、油の酸化によって生地がボロボロになってしまう。塗料の開発にも留意が必要だった。さまざまな油を混合して、飴状の重合油にする。そうすると裏もれや糸口に浸透することもなく耐久性が得られる。塗料づくりがむずかしかった。
 新製品オイルクロスはテーブルクロスや乳母車の幌などをはじめとして、さまざまな生活用品に使用され、海外輸出も活発であった。1939年(昭和14)ごろには輸出の主力商品として商工省から認められ、輸出見本製作補助金が交付されている。
 オイルシルクは現在のビニールフィルムのようなものである。軽量目付の羽二重を重合油のなかに浸漬して、それを真直に引き上げながら乾燥させるというのが製法のあらましであった。主な用途はレインコートや水泳帽などであった。それらは一時代の流行商品となり、京都工場に12台の機械設備を増設して需要に応じた。それでも受注量が消化できなくて、福岡に新しく設立した九州クロス工業に、12台のオイルシルク製造機を設置した。全盛期には京都工場と九州クロス、合計24台の設備がフル稼動していた。
 油布製品は、太平洋戦争が始まる前後から、贅沢品という理由で製造できなくなり、同設備は防空用暗幕の製造にあてることになった。


硝化綿塗料とレザー製品

 硝化綿塗料も油性塗料とほぼ同時期に導入している。硝化綿レーザーは、日本クロスが独自に開発した国産レザーである。椅子貼り用、妻皮、下駄の鼻緒などを主な用途にして、油布部で1942年(昭和17)ごろまで生産していた。現在の合成皮革はウレタン樹脂によるものだが、この硝化綿レザーはその先駆をなすものであった。
 硝化綿レザーの基布は木綿であったが、1938年(昭和13)から綿製品の製造販売が禁止され、クロス製品、レザー製品とも木綿が使用できなくなってゆく。綿の代用として人絹を使ったが、硝化綿塗料は紙や人絹に対してなじまず、きわめて接着性が悪かった。そこで硝化綿とカゼインなどの蛋白質基との親和性に着目して、人絹レーザーを開発、業界から注目をあびた。塗料の節約という観点からも研究を進め、紙にあらかじめ型押ししておき、谷汚し法で、アートベラムのような製品も開発した。いずれもモノ不足時代の産物というべき製品である。
 硝化綿レザーは、日本クロス独自の技術開発によるものだったが、一定の規模にみたなかったため、1942年(昭和17)の企業整備にともなって生産を中止した。

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