東京工場の新築・移転

紙クロスブームと東京工場
 戦後、紙クロスの生産を開始した東京工場は、1950年(昭和25)と1954年(昭和29)に飛躍的な生産高を記録している。とくに教科書用の厚表紙への移行とともに紙クロスの需要が増大していた。1953年(昭和28)からは受注量の増大によって、生産能力の不足が慢性化していた。
 1955年(昭和30)の従業員は118人、定時操業の生産能力は、月産55万メートルであった。80万メートル/月の受注量をこなすには、4,000〜5,000時間の残業が必要であった。生産量を増大するために、臨時工を増員したり、徹夜要員を倍増するなどの方法でのりきってきた。
 ところが1958年(昭和33)になって、東京工場そのものを根本的に見直さねばならない事態がやってきた。同年10月に文部省が新学習指導要領を発表、教科書をとりまく環境が大きく変わったのである。小学校用教科書は昭和36年度から、中学校用は昭和37年度から、高等学校用は昭和37年度から、それぞれ大幅に改訂されるようになった。
 教科書会社は36年度版の教科書編集をきっかけに、販路拡大を狙って、内容と装幀の充実を図っていた。とくに小学校用の教科書の装幀が大幅に改良される見通しであった。新しい教科書の標準になったのが、学校図書が30年度版教科書に採用した厚表紙の無線綴じタイプである。日本クロスの紙クロスを使用した学校図書の裁ち切り厚表紙装幀は、関連業界できわめて好評であった。そこで36年度版の全面改訂にあたって、シルバーボードやダイヤボードに切り替える教科書会社が次つぎに現れた。東京書籍、大日本図書、教育出版、日本書籍など発行部数の多い教科書会社が全面使用の方針を明らかにした。36年度版教科書に使用される厚表紙の需要は、それまでの2〜3倍にふくれあがった。
 東京工場の全生産高のうち、教科書用クロスが約半分を占めていたが、他の製品群を含めて1959年(昭和34)には月産120〜150万メートル、1960年(昭和35)以降は月産180〜200万メートルの生産能力が必要になった。
 およそ3倍にあたる200万メートルという生産能力を想定して、東京工場の新築・移転を決め、新鋭設備を導入することにしたのである。


近代的な新鋭工場

 東京工場の新築・移転計画は、1955年(昭和30)から模索していた。それまでの設備では、とうてい増大する受注に応じることができなくなっていたからである。工場の建物も老朽化が進み、火災防止策も十分に講じることができないというありさまであった。
 新しい工場敷地をもとめての移転計画が明らかになると、狭山市は直ちに工場誘致委員会を発足させた。日本クロスの狭山市以外への転出を防止しようというのがその狙いであった。工場誘致委員長には当時の市会議長が就任するほどの執心ぶりで、1955年(昭和30)12月16日付で工場誘致条例なるものを施行した。誘致する工場を対象に3年間にわたって市民税・固定資産税の範囲で奨励金を交付するというのが、同条例の内容であった。
 狭山市の熱心な誘致を受けて、1956年(昭和31)5月に敷地8,728.7坪の購入を決定、同年9月に契約し、1957年(昭和32)12月までに全登記を完了した。工場敷地までの道路拡張が狭山市の誘致条件にはいっていたが、東京―浦和―大宮―川越―狭山―東京を結ぶ国道(16号線)が工場敷地の前を通ることになって、工場立地としての条件が整った。
 新工場の建設は1959年(昭和34)2月18日の臨時役員会で正式に決定した。建設委員長には、常務の村中晃が就任、東京工場内に建設本部を設置した。新工場の具体的な構想は、4カ月後の6月にまとめられている。設計は東京大学生産技術研究所の星野昌一教授に依頼、施工は鹿島建設に決まった。新工場の技術・量産設備のプランニングは当時、工場長であった坂部三次郎によって進められた。
 1959年(昭和34)7月21日に地鎮祭を行ったあと、直ちに建設工事を始め、翌1960年(昭和35)2月16日に竣工式を迎えた。新しく完成した東京工場は、柱が1本もないのが自慢だった。明るい近代的な外観をもつ建物として注目を集めた。同年4月には第1期工事を完了、新しい塗装機による操業を開始した。同年10月14日、東京地区の代理店、主要な顧客および建設関係者およそ400人を招いて、竣工披露を行った。
 新工場の完成により、東京工場はスクラップ・アンド・ビルドをなしとげた。生産能力は月産200〜250万メートルとなり、京都の本社工場とならぶ主力工場となった。
 第2期工事は1960年(昭和35)7月に着工した。福岡工場の電気絶縁部門の東京工場移転のため第2工場を建設する必要が生じたためである。建物は翌年の3月に完工、福岡工場の電気絶縁部門を移管した。

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