商品技術研究所の開設」

施設をもたない研究所
 商品技術研究所は1996年(平成8)10月16日に発足した。各事業部の技術部隊で構成する滋賀・埼玉の両技術センターとは別に編成した全社組織である。技術センターが製品のバージョンアップなど、製品開発をあくまで既存技術の延長線上で行うのに対して、商品技術研究所は、新規事業を念頭において商品開発をスピーディーに行うところに特徴がある。即断、即決で開発業務を推進する必要から発足と同時に自ら所長を兼務した社長の坂部三司は、雑誌のインタービューに答えて、次のように述べている。

 商品技術研究所は商品開発のプロジェクトとそれを世に出すためのプロジェクトを同時に作り、商売になるかならないかを短期間で判断するという重要な役割を担っています。以前はこのような組織は「技術研究所」あるいは「技術センター」という名称で括っていましたが、同研究所はよりマーケットに近いモノ作りを考えているということをアピールするため、あえて「商品」という言葉を頭に持ってきました。
 この商品技術研究所は各事業部を横断するため、社内における力関係が障害になる可能性があります。そのため商品技術研究所の所長は私が兼任し、実行が決定したプロジェクトについては、確実に遂行できるようにしています。その代わりプロジェクトの成果が実ったときには、関わった部署、人員に対して必ず何らかのおみやげを持って帰ることにしています。(「カストマーズメディア」1997年10-12月号)

 商品技術研究所は社内の既存組織のしがらみに縛られないで、新しい市場開拓をめざすことを主目的にしている。市場の要求している商品や技術、つまり出口から出発して、ダイニックの要素技術、研究・開発に結びつけてゆこうというわけなのである。「研究所」と名づけているが、もともと戦略部門的な性格づけから出発しているために、特定のオフィスや研究室をもっていない。
 現在のところ、埼玉技術開発部(埼玉工場)、滋賀技術開発部(滋賀工場)、東京商品企画部(東京本社)、大阪商品企画部(大阪支社営業所)、技術情報管理部(王子分室)、環境事業準備室(滋賀工場)の5部1室で構成され、全国の事業所に分散したかたちになっている。そして、必要に応じて技術テーマごとにプロジェクトチームを組んで活動するというフレキシブルな組織になっている。
 開発業務の中核となるのが埼玉技術開発部、滋賀技術開発部である。東京商品企画部と大阪商品企画部はマーケティング部門で、いわば社外への窓口的な存在である。技術情報管理部は特許情報などを検索、収集するスタッフ部門である。環境事業準備室は発足当時は存在しなかった部門である。商品技術開発所の柱のひとつに「生活快適化商品」があるが、これらは既存の事業部の製品系列になじまない。ダイニックの守備範囲になかったそういう新製品を商品として育ててゆく受け皿が環境事業準備室なのである。あえて〈事業準備室〉として、やがて新しい事業部へと巣立ってゆく部門と位置づけたのである。
 商品技術研究所の実際業務は新技術の開発をベースに、新規事業の企画・立案から事業化の推進まで全プロセスにおよんでいる。つまり、新規開発商品が一定のレベルに育つまでは販売も担当する。たとえば環境事業準備室のように、事業部に育つ過渡的な部門になると、売上げ、利益の責任まで持つことになる。


「環境」と「メディア」をテーマにして

 商品技術研究所の特徴はパルチザン的な組織運営にある。研究所を構成するメンバーは各事業所に分散しているが、ある商品、ある技術に経営資源を集中しようとするとき、タテワリの組織から離れて、プロジェクトチームの一員として集まってくる。プロジェクトで動くのが最大の特徴である。
 開発業務の中心的な役割を果たす滋賀と埼玉の技術開発部は、日常的にそれぞれ複数の開発チームをもっている。担当するテーマごとに実際の商品や技術開発に取り組んでいるが、こういう日常的な業務においてはタテワリの組織のなかで活動している。ところが全社的な重点テーマについては、経営企画部門で両技術開発部からメンバーをピックアップしてプロジェクトチームを編成する仕組みになっているのである。
 プロジェクトのテーマは三つにランクづけられ、Aランクは全社プロジェクト、Bランクは埼玉・滋賀技術開発部が共同で取り組むテーマ、Cランクは各技術開発部がもつ独自テーマとされている。各テーマについては常任委員会(役員、理事、担当責任者などで構成)で論議を重ね、商品化、事業化の方向づけ、新規事業の立ち上げの詳細なども、そこで決定する。
 商品技術開発所の発足にあたって、社長方針として三つのテーマが掲げられた。まずはメディア関連分野である。磁気、電池材料、情報機器、写真、印刷関連など。次は生活快適化商品である。光触媒、抗菌加工・防臭・防汚加工など。最後は産廃、リサイクル分野である。つまり「環境」と「メディア」を一括りにして、さまざまなテーマを設定している。
 中期計画に掲げられた売上高500億円構想の内訳は既存分野で350億円、新規分で150億円であるが。商品技術研究所は新規分野の150億円を担っているわけである。
 商品技術研究所は発足して4年になるが、銀系抗菌材の「アメニトップ」、環境浄化機「緑のチカラ」、光触媒による「ハイドロテクトフィルム」、偽造・変造を防止するカードシステム「MAGDES」などを開発、着実に成果をあげている。


新しい息吹、磁気と光触媒

 メディア関連の開発テーマは主として埼玉技術開発部が担当している。マーケティング担当の東京商品企画部とともに、磁気関連、光触媒を応用した商品開発、インクジェット用メディアの開発などに取り組んでいる。
 磁気関連として1997年(平成9)に商品化したものに「MAGDES」(マグデス=Magnetic Data Encryption System)がある。これは商品技術研究所が開発した構造化磁気記録技術によって生まれた新しいカードシステムである。磁気記録方式は複写ができるなどの利点がある情報媒体だが、その便利さが災いしてテレホンカードをはじめ各種プリペイドカードの偽造や変造の被害が頻発している。「MAGDES」は偽造・変造を防止するカードシステムとして開発された。
 ICカードと同レベルのセキュリティ機能をもちながら、低コストを実現できたのは、構造化磁気技術を駆使した磁気コーティングによってであった。
 ベースフィルムに磁性粒子を一定方向にならべるという従来の方法ではなく、カードの走行方向と直角方向に代わる代わる磁気配向を行ってパターンを形成する。つまりコーティング直後の磁性塗料がまだ流動しているうちに、タテ、ヨコに磁気配向を制御し、乾燥することで磁気粒子を固定してしまう。このときに消去できない個別認識情報が暗号として記録されるため、コピーすることができなくなるのである。
「MAGDES」は、この磁気カードと読み取りユニットで構成されている。CPUを搭載して特殊な構造化パターンの読み取りを行うのがカードリーダーユニット(MDR-W01)である。
 光触媒を応用した商品開発も活発に行っている。そのひとつに「ハイドロテクトフィルム」がある。1998年(平成10)、TOTOとの共同開発によって生まれた製品だが、そのキイテクノロジーは光触媒技術である。
 光触媒とは光を吸収しても自身は変化せず、他の物質の化学反応を促す働きをもつ物質をいう。光触媒に太陽や蛍光灯に光があたると酸化還元反応がおこる。そのとき光触媒の表面に汚れなどの有機化合物が付着していると、酸化還元作用によって炭素と水素が奪われて分解してしまう。その分解機能で防汚、抗菌、脱臭などの効果が得られる。さらに蓄水性物質のシリコン系材料を組み合わせると、水を弾かずに付着した汚れを自然に流れ落とす親水性を保つことができる。
 光触媒の特性から想を得て完成した光触媒超親水性技術によって商品化されたのが、「ハイドロテクトフィルム」である。自動車のサイドミラーに貼る防曇フィルムに用いられ、水滴がつかず曇らない、ほこりや汚れを水でかんたんに洗い落とすことができるなど、すぐれた効果がある。
 光触媒超親水性技術には、光触媒に酸化チタンを使用している。さらに親水性効果を持続させるために、酸化チタンにシリコン系蓄水性の物質を添加して、たとえ日光が当たらなくても、効能を長時間にわたって持続させることに成功したのである。
 フィルムに日光が当たると、表面の水を弾く分子は分解され、いわば被膜をはぎとった状態になる。そして空気中の水蒸気を取り込んで、水になじみやすい被膜を形成する。だからほこりや汚れなども自然に落ちてしまう。フィルムを貼っておくだけで、雨が汚れを落としてくれ、濡れるほどに視界がくっきりとしてくるのである。
 フィルムは4層からなっている。ベースフィルム層、ベースフィルム層との密着性を高めるためのプライマー層、劣化防止の中間層、そして超親水性をもたらす光触媒層である。「ハイドロテクトフィルム」は光触媒技術とダイニックの高機能コーティング技術(FFC)によって生まれた。いわゆる要素技術とダイニックの固有技術の融合によって誕生した製品の一例である。


新しい機能素材、活性炭繊維

 滋賀技術開発部と大阪商品企画部は主として「環境」をテーマにして商品開発を進めている。従来からの抗菌、脱臭、消臭などのアメニティー関連、脱塩ビの代替材の開発、光触媒の用途開発なども埼玉技術開発部と連携して進めているが、なかでも力を注いでいるは活性炭繊維の用途開発である。
 活性炭といえばヤシガラ活性炭に代表されるように粒状の固体だが、そのために用途も限定されてしまっている。なんとかシート状にならないか。シート状にすれば使いやすく、ガス成分の吸着性能もコントロールできる。フェノール繊維を使った活性炭繊維(Activated Carbon Fiber=ACF)の開発はそういう発想から出発した。
 炭素含有率の高いフェノール樹脂を繊維にして、不織布の生産技術で繊維シート状にする。埼玉工場の不織布工場で開発を始め、一つひとつ問題点を解決しながら、最終的にPF-6号機で、フェノール繊維による安定した不織布をつくりあげた。
 1998年(平成10)1月、滋賀工場の環境関連製造課にEA-1号機を設置した。フェノール繊維を炭化、賦活化する加工装置である。同機で均一な繊維シート状したフェノール繊維を炭化処理、さらに高温の熱処理をほどこして吸着活性をつける。ダイニック独自の製法で開発したACFは、比表面積が大きく、臭気の吸着速度が速い、シート状のため加工が容易である、通気性がある、など、従来の活性炭にはない性能をもっている。
 大阪商品企画部では、最初に空気清浄機を狙いにして用途開発に着手し、1998年(平成10)の秋に大手家電メーカーの空気清浄機のフィルターに採用された。ACFは粒状の活性炭にくらべて初期吸着速度が非常に速く、脱臭機能にすぐれている。従来は空気を何度か循環させることによって臭気の分子を吸着してゆく仕組みだったから時間がかかったが、ACFの場合は一度通過するだけで大半を吸着してしまう。活性炭繊維の登場は高性能フィルターの製品化を実現したのである。
 ACFは新しい機能素材として、空気だけでなく水、溶剤などを対象とする液体フィルターとして用途の拡大が始まっている。
 脱塩ビ対策も埼玉・滋賀の両技術開発部の共同テーマとして展開してきた。幅広い製品の材料となってきた塩化ビニール樹脂は、焼却処分のときに人体に有害なガスを排出するところから代替品の開発が求められていたのである。具体的には壁紙やシート類、クロス製品について代替材の開発に取り組んできた。たとえば辞典や手帳用クロスとして開発したオレフィン系(非塩ビ)の「ファーレン」はその一例である。製品の基本設計は滋賀が担当、埼玉と連携しながら製品化に取り組み、最終的には埼玉で完成させた。


室内空気環境浄化機――緑のチカラ

 1998年(平成10)5月、環境事業準備室が発売した「緑のチカラ」は、ダイニックが末端商品として市場に送りだした室内空気環境浄化機である。オゾンで脱臭するのが基本技術で、フィルターによる空気清浄機と性能や機能が異なるため、「室内空気環境浄化機」と名づけた。かんたんにいえば、オゾンをコントロールすることで室内に快適な空気をもたらすシステムである。
「緑のチカラ」は、オゾン、MOハニカム、MCハニカム、オゾンセンサーをシステム化したもの、オゾン触媒方式の空気清浄化システムの総称である。オゾンとハニカム触媒を機能的に配置を発生させる機能などをもっている。
 オゾンとMOハニカム触媒によって、タバコや汗、ペット、トイレなどから発生する臭いを分解する。オゾンは臭いの原因となる分子と結びついて、酸化させる性質がある。これを利用して無臭、無害な分子に替えてしまうのである。さらにオゾンはウイルスやカビ、院内感染の原因となるMRSA菌さえ除いてしまうほど強力な殺菌力をもっている。
 チリやほこり、ハウスダスト、花粉などアレルギーの原因になる物質も特殊フィルターが取り除く。タバコや石油ストーブから排出される窒素酸化物、硫黄酸化物、建材や家具から発生する発ガン性物質、ホルムアルデヒドなどの有毒ガスは、MCハニカム触媒が吸収してくれる。つまり「緑のチカラ」は室内の空気そのものをクリーンにするシステムなのである。
 具体的な商品としては、大型、中型の業務用(床置き、天井埋め込み)から、ホテル・自動車・病院用の薫蒸タイプ(商品名「風の大使」)などがある。「天使の風」と名づけた小型タイプには業務用3種、家庭用1種がある。
 企画・設計はダイニックが行い、各種部材は外注加工にたよっているが、最終の組み立て作業は滋賀工場で行っている。ダイニックにとっては初めてのコンシューマー向けの商品というわけだが、製品のデザインや電装関係など、素材メーカーとしてはほとんど無縁だった周辺技術の蓄積にも一役買うかたちになった。
 環境事業準備室は、このオゾン対応の基本技術による新製品の開発によって、環境関連という新事業の確立をめざしている。

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